クロガネ・ジェネシス

第28話 封印の炎
第29話 ネレスの笑顔と零児の答え
後書き02
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第三章 戦う者達

第29話
ネレスの笑顔 零児の答え



「これがセルガーナ……直《じか》に見るのは始めてだ……」
 その日の朝。
 ラックスの宿屋の裏手、馬小屋の隣にある龍小屋の中に着物姿の男と、1人の青年が立っている。
 進とラックスだ。
 疲労ですっかり寝込んでいる一行の中で、進はラックスと共に、セルガーナと呼ばれるドラゴンを見つめていた。
 零児とネレスが落下したとき、彼らを救ったドラゴンだ。
 全身が白く、猛禽のような足に、巨大な翼。ピンと張った尾羽に鋭い目つき。
 どこか神々しさすら感じる。
「私はエルノクの出身で、短い間ではありましたけど龍騎士《ドラゴン・ナイト》を勤めたことがあったんです。私が龍騎士《ドラゴン・ナイト》を辞めるとき、もっとも苦楽を共にした、このドラゴンをいただいたんです」
「なるほどな……。感謝するラックス殿。無理を言ってすまなかった」
「いいえ。私のドラゴンをお見せするくらいならどうってことはございません」
 進とラックスが今こうしているのは、進がどうしても目の前でじっくりとセルガーナを見たいとラックスにお願いしたからだ。
「拙者もエルノクは訪れたことがあるが、これほどのドラゴンはそうそう見ることは出来なかったからな。今こうして見れたことをとても嬉しく思う。改めて、礼を言わせてもらう」
「そういってくれると、私も嬉しいです」
 進はラックスとセルガーナに背を向けた。ラックスと進はそのまま龍小屋の外へと出る。
 相変わらず空は晴れ渡っている。広場には彼ら以外の人はおらず、小鳥がさえずっている。
「拙者はこれより、エルノクへと向かう。零児が目を覚ましたら、これを渡しておいていただけないだろうか?」
 進は懐から丁寧に折りたたまれた手紙を取り出す。
「もう行ってしまうのですか? 貴方だって昨夜は寝ていないでしょう?」
「2日、3日程度の不眠には慣れている。それに、あまり他人と触れ合うのは拙者の性に合わんのですよ」 「そうですか……それでは」
 ラックスは進の手紙を受け取った。
「後ほどお渡ししておきます。良い旅を……」
「……うむ」
 進はゆっくりと歩いていった。振り返ることはなかった。

 ランニングシャツとカットジーンズ。その極めて露出の高い格好でネレス・アンジビアンは晴れ渡った空を、自室の窓ガラスから眺めていた。
 健康そうな太ももがスラッと伸びていて、両腕には無駄な筋肉が一切ついていない。格闘技をやっているとは思えないほど、その体は細く、華奢だった。
 時刻はすでに11時を回っている。アーネスカと零児は外で自分達の服を洗濯している。
「私……」
 彼女が考えているのは零児のことだった。
『私は……私は、クロガネくんが……!!』
 死を覚悟した。零児の命だけは失わせまいと思った。だけど、自分の心に芽生えた思いを告げることなく死ぬのだけは絶対に嫌だと思った。
 だから彼女は落下し行く中で零児に伝えたのだ。
 零児が好きだと。
 今の今まで、自分のために命を懸けてくれた人間がどれくらいいただろうか?
 傭兵だった頃は仲間を切り捨てることが当たり前だった。1人が誰かの盾になり、他の人間は生き残る。そして、その1人は助かることは無い。
 そんな殺伐とした世界で彼女は生きてきたのだ。
『ネル!! 俺がお前を絶対に死なせはしねぇ!!』
 そんな彼女にとって零児の言動は衝撃がとても大きかった。
 その言葉を思い出すだけでまた胸が熱くなった。形の良い2つの膨らみの間に右手をうずめると、胸の鼓動が早くなるのを感じる。ドキドキする。
 ――私……恋焦がれてる……。
 それは嬉しくもあり、同時に鬱陶しかった。
 ――死に場所が欲しかっただけなのに……。
 アーネスカに一緒に行かないかと誘われた時、彼女は喜んで旅に出ることを了承した。
 しかし、それは自分の死に場所を探していただけだったのだ。
 零児の存在もどことなく気になってはいた。彼女は零児に、自分の大切な人間の面影を見たから。零児といるとその人の傍にいるような気にさえなれた。
 でもそれは恋とは違う。自分の記憶を再生しているに過ぎない。何より性格が全然違う。
 零児の優しさや強さにすがり付きたかったのか、それとも見ていたかっただけなのか。今となってはよく分からない。
 ただ自分が零児を好いていることだけは疑いようの無い事実であり、そんな思いを、今の自分が持てたことに驚いていた。
 ――一生……恋なんてしないと思ってたのに……。クロガネくんは、私のこと……どう思ってるのかな?
 立ち上がり、着替えをする。カットジーンズはそのままに、上半身を黒のTシャツを身にまとう。黒によって着やせしたした体のラインは細く、しかし胸はしっかりと強調されている。
 ――クロガネくんに……好きになってもらいたい。
 そんな思いを抱きながら、ネレスは自室を出た。

『零児へ。拙者は先にエルノクへと向かう。お主の左腕はミスレットスティールに頼めば良いと伝えたな。彼女の住所と簡単な絵地図を渡しておくのでそれを参考にして、ミスレットスティールの元を訪れるのだ。それと、近々エルノクで騎士選抜を兼ねた武術大会が行われるようだ。参加してみるのも一興かもしれん。お前達の旅が良いものになることを祈っている。進影拾朗』
 零児は進からの手紙を読み終えた。彼は広場の端から広大に広がる山林とヘビー・ボアと戦った湿地地帯を眺めている。
「相変わらずあの人は……挨拶くらいしてけっての」
 冗談めいた笑いを浮かべる。進が神出鬼没なのはいつものことだが。
 だが、それを考える以上に、零児には楽しみにしていることがあった。左腕の義手。エルノクへ行けばそれが手に入る。早く左腕が欲しい。
「零児!」
 そんなとき、背後から自分の名を呼ぶ声が聞こえた。声の主はアーネスカだ。
「そろそろお昼よ。食事にするから戻ってきなさい」
「分かった」
 零児は進の手紙を右手で器用に戻して宿へ向かった。
 宿屋のテーブルにはすでにある程度料理が並んでいた。しかし、まだ誰も料理の注文などしていないはず。それはアーネスカと、その傍にいる零児も同じだった。
 火乃木とシャロンすでに椅子に座っていた。
「まだ料理頼んでなかったと思うんだが……」
「そうよねぇ?」
 零児とアーネスカは顔を見合わせる。
「なんか知らないけど、料理、ネルさんが作ってみるみたいなんだよね」
 火乃木が2人の疑問に対して回答を述べる。
 アーネスカと零児は再び顔を見合わせる。
「あ、アーネスカ。それに……」
 そこにエプロン姿のネレスが現れた。彼女の視線はどことなく泳いでいる。少なくとも零児とは目を合わせていない。
「クロガネ、くん……おはよう」
「あ、ああ……」
 いつもと違うネレスの反応。その原因を零児は理解している。わかっているだけに気恥ずかしかった。
「これ、ネルが作ったのか?」
「う、うん。そう。ラックスさんに無理言ってさ。作らせてもらったの。昔は結構料理してたし、たまには腕を振るわないと鈍っちゃうからさ。あっははは……」
 ネレスは歯切れの悪い言い方で答える。いつもと違うネレスの様子に、零児はどう言葉を繋げばいいのか分からなくなっていた。
「あ、ああそうだ! まだ作ってる料理あるから、ま、またね。クロガネくん」
「あ、ああ……」
 ネレスは台所へと戻っていった。その先で、ラックスも交えて楽しそうに料理の続きに励むネレスの声が聞こえてくる。
「……これって」
「…………」
 火乃木とシャロンがそれぞれ何か思いついたらしく、その表情が険しくなる。
「負けられないな……」
「……(コクン)」
 アーネスカが席に座る。
「そっか……連れてきて良かったわ」
 アーネスカに続いて零児も席に座る。
「どういうことだ?」
「あたしが始めてネルと合ったとき、あの娘、酷くやつれた顔しててさ。何かにつけて泣き叫んで、苦しそうで。仕舞いには、自分で死にたいって言い出すことさえあったのよ」
「……」
 零児は言うべき言葉が見つからずに口をつぐむ。
 とても信じられなかった。ネレスに自殺願望があったとか、泣き叫んで苦しそうにしていたとか。今のネレスはよく笑うし、感情表現も豊かだ。ルーセリアの武器屋で初めて会ったあの時以来のネレスしか知らない零児には想像できない。
 ――でもそういえば……。
 同時に今までのネレスの笑顔はどこと無く作り物めいていたような気もする。いつも笑っているが、それが本当に楽しいからでも、おかしいからでもなく、ただそうすることが当然のようになっていただけだったのだとしたら。
 それは笑顔の仮面を被っていただけだと考えることが出来ないだろうか?
「あの娘は、あたしと出会った頃からずっとぎこちなくしか笑えなかった。本当に楽しそうに、心からあの娘が笑ったところなんて今まで見たこと無い。ぎこちなくでも笑えるようになった後も、自殺願望が完全に消えたわけではなかったみたいだし」
「そっか、だからなんだな。アーネスカが俺に何も言わずにネルを旅に誘った理由は」
「そういうことよ。あの娘に笑顔を取り戻して欲しかった。本当の意味でのね……。その結果、あの娘はあんたに恋をして、本当の意味の笑顔を取り戻すことが出来たんじゃないかと思う」
 アーネスカは頭を軽く掻いた。
「人が生きたいと思う理由は、やっぱり愛なのかしらね。どんな理由にせよ、あの娘の心から自殺願望を消し去ることが出来てよかったわ。そんなわけで、零児! ネルをよろしく!」
「ハッ?」
「ちょちょちょちょっとぉ! 何でそうなるのさァ!?」
 火乃木が立ち上がってアーネスカに抗議する。
「右に同じ……」
 シャロンもそれに続く。2人にとってはまた恋のライバルが増えたことになるからだ。
「お、おまえら……」
「モテモテねぇ〜零児。ストラグラムに行けば一夫多妻もありだからさ。あんた達ストラグラムに移住して式上げちゃいなさいよ。誓いの言葉はあたしがやってあげるからさ!」
 ストラグラムとはここより東の大陸にある軍事国家のことだ。
「え〜だからなんでそうなるのぉ〜!?」
「…………(ゴゴゴゴゴゴ)」
「お前ら落ち着け! アーネスカは火に油注ぐんじゃねぇ! それにシャロン! ゴゴゴゴゴってなんだよ!?」 
「お待たせ〜!」
 そこに最後の料理をもったネレスが現れた。彼女は笑顔で持ってきた料理をテーブルの上に置く。
「さ! 食べて食べて! 私が料理の腕を振るうなんて滅多に無いんだから!」
 ネレスは心底嬉しそうだ。
 やっぱり零児は想像できなかった。ネレスの心の闇。その深さが。

「やっぱり……このままじゃだめだよな……」
 その夜。
 自室で仰向けになり、零児はそんなことをぼんやりと口にした。
 ネレスが自分を好きだといってくれるのは嬉しい。男冥利に尽きるというものだ。だけど、同時に火乃木とシャロンからも好意を寄せられている。もっとも零児はシャロンのことを子供としてしか見ていないが。
 しかし、このまま旅を続けられるとは思えない。
 零児本人はネレスとも火乃木とも男女の関係になりたいとは思わない。
 なぜなら彼は幸せになってはいけない男だから。
「俺には……約束がある」
 ベッドから立ち上がる。明日はトレテスタ山脈の登頂再開だ。
「女の間をフラフラするわけにはいかない。はっきり言うんだ。答えを……出さなければ!」
 自室を後にする。そして、アーネスカとネレスの部屋へと向かった。
 零児はアーネスカとネレスの部屋の前にいた。なんのためらいも無くその扉をノックする。
「はいはい、ちょっと待ってねぇ〜……ッキャア!」
 その直後。ザラザラ何かがこぼれる音と、金属片が床に散らばるような音が聞こえた。
「あ、あー! 作りかけの魔術弾がぁ〜!!」
 ――おい、おい……。
 そして扉が開かれる。
「零児……どうしたのあんた?」
 出てきたのはアーネスカだった。彼女は白のシャツにホットパンツと言う少々珍しい格好をしている。随分くたびれた表情だ。
「……え〜っとその……何してたんだ?」
「新しい魔術弾を作ってたのよ。古城脱出で攻撃用の奴はほとんど使っちゃったからね。魔術弾って便利なんだけど、下準備をおろそかに出来ないのよね」
 言って、「はぁ」とため息をつく。さっきの音がその理由に違いない。
「そうなんだ……」
「で、なんかよう?」
「あ〜んっとさ。……ネルいるか?」
「ネル? あの娘なら今シャワー浴びに行ってるわ」
「そうか。悪いな邪魔して。なら後でいいわ」
「あっそ。で、どんな愛の言葉を囁くつもりなの?」
 興味津々なアーネスカ。零児は「んな気のきいた台詞用意してねえよ」と素っ気無く伝えその場から立ち去った。

 シャワー室の前。零児はネレスが出てくるのを待つ。
 何を伝えるべきかは決まっていた。それをネレスに伝えることで例え彼女を傷つける結果になったとしても、零児はそうするべきだと思っている。そして零児自身それで後悔はしないと強く自分の胸に誓っていた。
 シャワーの音が聞こえなくなり、続いてシャワー室から衣擦れの音が聞こえ始める。
 ――これじゃ変態だな……。
 少しだけシャワー室から離れる。せめて音が聞こえないところに。
 いくらか経って、ネレスがシャワー室から出てきた。
「あ、クロガネくん……」
 彼女が零児の姿を見つけ、頬を赤くする。それが嬉しさからか気恥ずかしさからくるものなのか、零児には分からない。多分両方だろう。
「ネル……ちょっと付き合ってくれないか?」
「……? うん、いいよ」
 ネレスと零児は2人揃って宿屋の外に出てきた。宿から離れ少しだけ森の中に入る。
「ク、クロガネくん。私に……何か用事があるんじゃないの?」
 ネレスは不安と期待の入り混じった声で零児の背に声をかける。
「ああ、この辺でいいか」
 零児は適当な木に自分の背中を預ける。
「ネルはっきり言っておきたいことがあるんだ」
「う、うん……!」
「俺は……」
「……」
 沈黙が流れる。零児は言うべき言葉を思案する。しかし、どれだけ考えても出てくる答えは1つだった。 「ネル。俺はお前に謝らないといけない」
「…………どうして」
「俺は……」
 再び沈黙。どのような言葉で取り繕っても意味は無い。そんなことは分かっている。ならば伝えるしかない。簡潔に自分の思いを。
「俺は……お前を、ネルを好きになることはできない」
「………………………………そっ……か」
 零児は真正面からネレスの瞳を見つめる。
「俺は……火乃木に答えを出さなければならないんだ。俺はその答えを保留している。今すぐに出すことの出来ない答えを。そんな状態で、特定の誰かと付き合うことは出来ない。それはネル……お前も同じだ」
 ――俺は……人殺しだ。幸せになってはいけないんだ。
 火乃木はそれでもなお自分を好きでいてくれる。自分で自分を許せるようになったときに答えを出す。その約束を零児はまだ果たしていない。
 だが、同時にこうも思う。そんな答えが出ることがあるのかと。いっそのことずっと答えを保留にして嫌われてしまってもいいのではないかとさえ思う。男として最低だが、その方が零児には都合がいい。
「アッハハハ!」
 と、唐突にネレスが笑った。
「嫌だなぁクロガネくん」
 ネレスの口調はどこか上機嫌だ。それが無理に笑っているものなのか、心の底から笑っているのかは零児には分からない。
 が、すぐにネレスの表情から笑顔が消えた。
「そんなこと……分かってるよ」
「ネル……ごめん」
「どうして……クロガネくんが謝るの? お願いだから、謝らないで」
「……」
「クロガネくんは……真面目だよね。そんなこと、言わなくていいのに……」
「だめだ。出すべき答えは出すべきだ。俺はそれを後回しにしたくなかった。もちろん。ネルが傷つくことだって分かってる。だけど、俺がフラフラしてたら、結局みんなが傷つくと思うんだ。男が俺しかパーティにいない以上。こんな状況だって起こり得ないわけではないだろうしな。そしてそんなことが起こってしまうのなら、俺は喜んで嫌われる道を選ぶさ」
「ほんっと……真面目すぎるよ……。クロガネくん……。それじゃあさ」
「なんだ?」
「私のお願い……1つだけお願いがあるの」
「お願い?」
「うん……」
「振ったわけだしな……いいぜ。何でも言ってみな。実現可能な範囲でなら言うこときくよ」
 ネレスを振った罪悪感でチクリと心が痛む。せめてその罪滅ぼしにと、ネレスの願いを聞いてあげようと思った。

「お前……結構大胆だな……」
「まあね……。いいんだよクロガネくん。このまま私を犯しても……」
「するか!」
 ネレスの1つだけのお願い。それは零児と同じベッドで添い寝することだった。
 本来1人用のベッドを2人で使うわけだから当然狭い。
「ほら、クロガネくん。こっち見てよ。私だって、クロガネくんの顔見て寝たいんだから」
「おまえなぁ……我慢できなくなるだろ」
 零児はネレスと正面から見詰め合って自制出来る自信なんて無かった。それだけ彼女の体は魅力的だったからだ。
 そんな暴力のような色気に一晩晒されて、自制するのは蛇の生殺し以外の何モノでもない。
「しょうがないな」
 ネレスは自分の体をもぞもぞと動かす。そして零児の背中にぴったりと抱きついた。
「……!!」
「どう? 胸やわらかいでしょ?」
「…………」
「固まんないでよ。クロガネくん」
「無理……」
 ネレスの心地いい体の感触が零児の背中をくすぐる。
「クロガネくん。私諦めないよ」
「……」
「クロガネくんが火乃木ちゃんのこと、好きじゃなければいいわけだからね。火乃木ちゃんのことをクロガネくんがはっきり好きって言わない限り、私、クロガネくんを好きであり続けるよ」
「好きにしろよ……」
 それから数十分ほど経って、ネレスは眠りについた。零児は背中にネレスの体の感触を感じながら未だに眠れずにいる。体が興奮して仕方が無いのだ。
「……」
 零児は布団から起き上がり、床の上で横になる。ネレスが傍にいたら絶対に眠れそうにないからだ。
「……さん」
「?」
 ――寝言か?
 零児は立ち上がり、ネレスの目元を見る。涙で濡れているのが分かる。
「なんで……どうして……みんな死んでしまったの……?」
 悪夢にうなされているのだろう。零児はその様を見て胸が苦しくなった。
「俺が……お前を抱けば、お前はそれで幸せになれたのか?」
 ネレスの過去はきっと、零児が想像する以上に過酷なものに違いない。
 ――眠れなくたっていいか……。
 零児は再びベッドにもぐりこむ。そしてネレスを正面から抱きしめた。せめて、ネレスが悪夢から解放されることを願って。
 ――俺の悪夢はこれからもずっと続くかもしれないけど。こんな俺でも誰かの心を救えるなら、せめてそれを救いたい。
 今だけ。零児はネレスのために何かをしてあげたかった。
 ――俺がこんなこと言うのはおかしいことだけど……。
「ネル……せめて幸せに生きてくれ」
 そう願いながら、零児も目を閉じた。不思議と邪《よこしま》な気持ちは消え去っていた。
第28話 封印の炎
第29話 ネレスの笑顔と零児の答え
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